ただ ひとり ひとがたっていた 赤い液体に塗れている所為で普段柔らかな色であるカーディガンは重く暗く彩られている 特徴のひとつとも化している眼鏡は割れて赤黒い地面に落ちておりフレームがひしゃげている いつも風に靡いている髪は見るからにべたついていて幾房も幾房も凝固してしまっている 不意に 人の片膝が血溜りについた 不意に 人の片腕が血溜りに落ちた 不意に 人の横顔が血溜りに映った 苦しみも哀しみもない 人形のような無表情で焦点を合わせることなく虚空を見つめる姿は かれのすがたは
ここでぐわんと引き戻される。叫び声をすんでのところで堪えてあたしは勢いよく上半身だけ体を起こした。布団をきっちりかけているのに冷や汗が止まらな い、ただ眠っていただけのはずなのに息が荒い、見開いた瞳は布団を見ているはずなのにあの映像が離れなくて。自分の体を抱きしめるようにすれば手が、腕 が、体全体が震えていて。 上手く働かない思考の中思うのはさっきの夢の映像、それと テ ィ エ リ ア ただ彼の名前だけで、あたしはベッドから抜け出した。
チャイムの存在を忘れたかのように扉をノック、いやたたき続ける。お願い、開けて、彼が生きてることを確認させて。開かれた先には、いかにも今起きたばか りで不機嫌だという顔をしているティエリア。眼鏡はかけていないものの普段と全く変わりない彼の姿を視認して、情けないことにあたしはえぐえぐと泣き出し てしまった。ああよかった、よかった、ちゃんと、いる。 「……またか、」 溜息の後に呆れたような声音、それからぎこちなく回された両腕。目と耳と温度とあと香りで彼の存在を実感したあたしは、彼にしがみついて無理やり嗚咽を殺 した。子供をあやすよう背中をなでる動作がどこかたどたどしく感じられる。それでもまだ、脳裏の赤はこびりついたままだった。 またか、の言葉通り、最近のあたしは先ほどの夢を見続けている。二、三日に一度のハイペースであの夢を見て、そのたびにあたしは怖くなってティエリアの部 屋へと赴いてしまう。最初は安眠を妨害されてすごく不機嫌なティエリアに罵倒されかけたけれど、思わず泣き出したあたしに彼はぎょっとして、少し戸惑って から同じように抱きしめ背中をなでてくれた。それでも何度も夢を見て、何度もティエリアの部屋に行ってしまう。泣き寝入りしてしまって彼の部屋で朝を迎え たことも幾度もあった。一度落ち着くと何事もなかったかのように戻る。偶然朝ティエリアの部屋を出るところをロックオンに見られて冷やかされたときに呆れ て鳩尾に一発入れることが出来るぐらいには余裕がある。けれどティエリア無しで落ち着くことが出来なかった。 夢の内容は彼に話していない。恐ろしくて言葉にしたくもない。ただあたしは、涙をぼろぼろ流したまま、エラーを起こしたように同じことを毎回呟く。今回も例外じゃなかった。 「よかった、ティエリア、」 「」 「ちゃんといて、よかった」 「……ああ」 「怖いの寒いの、ティエリア死なないで、あたしをおいていかないで」 ああティエリア、今日もあなたは、同じ言葉に答えてくれないのね。イエスともノーとも、わからないですら言わない彼は、無言のまま抱きしめる力を強くす る。幼子をなだめるようなキスを額にされて、ふと聞こえてきたティエリアの緩やかな心音に、ようやく少し落ち着いてきたのが自分でもわかった。目を閉じて も赤は見えない。代わりのように安堵と不安の二重螺旋が浮かび上がる気がした。 どうしてだろうティエリア、あなたが抱きしめてくれているのに、まだどこかが寒いような気がするの。