きちんと無果汁と記してあって、
原材料名の欄にも果糖ブドウ糖液糖だとかカラメル色素だとかしか書いてないのにね、と。
彼女はいたく不機嫌そうに、ファンタを飲んでは顔をしかめた。




「……それが、どーかしたの?」


閉めた扉に寄りかかりながら、いちおう尋ねる。
案の定部屋には小さなランタンひとつだけだった。
部屋の外と中との明るさのギャップに、ようやく目が慣れてきて、彼女の歪めた顔がよく見えた。

彼女はファンタの摂取量が尋常じゃない。
具体的に言うと一日で500mlペットボトル6本軽く空けることが出来る。
それほどまでにファンタが大好きな彼女が、ファンタを飲んで顔をしかめるなんて。

一種の感動のようなものを覚えていると、腹に空のペットボトルが飛んできた。
多分顔に投げようとして失敗したんだろう。
拾って真正面を見ると、六畳間のフローリングの上に座り込んで、彼女はジロリと俺を睨む。


「今日はやたら機嫌が悪いね、いつも良くはないけど」
「お前の短所は全く気にせずに後半部分を言えるところだな、一度死ねばいい」


彼女も後半部分をさらりと言えるところは短所だと思うんだけど。
とは思ったが肩をすくめるだけでやめた。口癖のようなものだと知ってるからでもある。


「で、どうしたの」
「それを見ればわかる、そうして私のことを嘲笑うがいいさ」


いつにもまして自嘲的だな……
とりあえず、『それ』と称されたもの、さっき飛んできたペットボトルのラベルを見ることにする。
予想通りのファンタだったが、はじめてみるシリーズだった。なんだこれ。


「なぞのふるーつ?」
「おかしいと思わないか?
無果汁で人工的な味を売りにしておいて、混ぜた2つのフルーツの味を判別しろと言う。
何がミステリーチャレンジだ。力を注ぐ部分が間違ってると思わないか?!」


ええと。
わたされたペットボトルには『Fanta 謎のフルーツ』と真ん中にでかでかとフレーバーが書かれており、
周りにハテナマークとフルーツの絵が飛び交っている。
確かに「フレーバーを推理しよう!! ファンタ ミステリーチャレンジ!!」という文字も書いてあった。
下の方にWebアドレスと「WEBで秘密を解き明かせ!」とも記されている。感嘆符使いすぎだろ。

つまり。
彼女はこの新作の味がお気に召さなかっただけなのだ。これは八つ当たりに近い。
すぐに気づいたしすぐに呆れた。さすがに、嘲笑いはしないけど。

察したのか、彼女はガキのように足をばたつかせた。
ねえ、お前もそうおもうだろう?!
目がそう訴えかけてきて、淡い苦笑いと共に頷いておく。

そんなに変な味なの? と聞いたら、
混ぜるよりも単品の方が絶対よろしいだろう味だよ、と言われた。
なのに、最低1本飲み干せて2本目に取り掛かる彼女は不思議だ、と心底思う。

けれど、まあ、そこまで言われたら気になるのが人間というもので。
許可を得て一口貰ってみた。甘く温い炭酸水が喉を通過する。

結論。


「……別に、そこまで文句言うほどの味じゃな」


いんじゃないかな俺はそう思うんだけど、と続ける前に立て続けにペットボトルを投げられた。
全て空だから特別痛くは無いが面倒くさい。いちいち拾うのが。
“お前は私の味覚を馬鹿にしているつもりかそれとも少々大多数と違うからと言ってそれをねじ伏せるとでも言うのか”
はいはいと苦笑して、やんややんやと文句を言い続ける彼女の声をBGMにペットボトルを拾っていく俺。
途端、彼女は少しバツの悪そうな顔をする。

手に持てるだけ持って、扉をどうにか開けた俺に、“ごめん”と彼女は呟いた。
外の光を背にして、思わず笑った。“こんど普通のファンタ買ってきてあげるよ”
俺の言葉に彼女は泣いた。顔は笑ってたけど心が泣いてた。
彼女の言葉はあくまで謝罪だった。たまには感謝を口にしてほしいなという俺の願いは、今日も黙殺。
いいんだ、黙殺するのは俺の得意分野。感謝を言う方が更に可愛くなるだろうにという本音も、黙殺しておく。




扉を閉めた俺に、降りかけるように彼女のお母さんが話しまくる。
今日はどうだった、とか、そんなことを聞かれましても。

背後でカチャリと鍵の音。前ではずっと言葉の嵐。
さすがにこれは黙殺するわけにもいかないなあ、ということで、
新作のファンタ好きじゃないみたいですよ、とだけ言ったら、聞きたいのはそんなことじゃねえよ、みたいな顔をされた。

何故俺にだけ、扉を許してくれるのか、さっぱりわからない。
ファンタを栄養源に生きていく少女。薄暗いフローリングの六畳間が世界の全て。
俺が出来ることなんて、ただの入れ物に成り下がったファンタをとって、世界の広さを戻してやること程度なのに。

とりあえずこれ捨てときますから、と言った俺に、いつもすみませんとお母さんが頭を垂れる。
小さなランタン、溜まるペットボトル、大量のファンタと六畳間。
狭すぎる彼女の世界の中に、俺は許されているのだろうかと、考えそうになって、やめた。




くだらないはなし
(彼女が彼女の世界にいる ただそれだけでいいのだろう)



タイトルは207β様「抜き取り式お題 壱」からお借りしました。多謝です。
(あたしには『彼女』の心がわからない それなのに綴っているこの文章を読んで不快になった方に深くお詫びを。)
(20070927)