そうその事件が起きたのは今年の春休みでした。今年度で高校三年生になるという春休み、何故か英語 の宿題が出されていて泣く泣く宿題をちまちまやっていた春休み。別にあたしは悪くない悪いとすればそれはおそらくあたしの運が悪かったのだ。あれこれって 実はあたしが悪いってことなのか? まあいいや気にしないから気にしないでくれ。
 とにかくあたしのコンビニから家への道中に落ちていた一冊の本を拾ってし まったことがきっかけだった。



 別にその本を開いてみたりその中のカードを手にとってみたりそのカードの名前をうっかり読み上げたら突風が起きたり したわけではない。しかも後に知る事実なのだがその本の中にはカードなど入ってはいなかった。だがもしうっかり落ちている本を拾ってしまった場合、その本 のタイトルを眺めるぐらいは誰だってするだろう。
 その本のタイトルは「実力UP!魔法演習」だった。似たような名前の漢文の問題集を持っているなあ、と思いながらあたしはその本を近くのベンチに置い た。さすがに道に放置しなおすのはどうだろうかと思ったからだ。しかし数秒後、あたしはベンチの上ではなくゴミ箱の中に置くべきだったと後悔することにな る。

「oi omae」

 不可思議な言語が聞こえた。はい? と条件反射的に声がした方向をみる。予測済みだろうがそれは本の方向から聞こえてきた。しかし見えない。たださっきと違う点は、その本が明らかに光っていることだ。内側からもれるように光が放射状に広がっている。

「oi kikoeterunoka」
「……きこえては、いるけれども」
「souka nara akero」

 当然、あたしは速やかに回れ右して数歩歩いた。けれどもどうしたことだろう、何故か世界が輪になっている。もう少し詳しく説明する と、どれだけ歩いてもまたベンチのところに戻ってきてしまう。そんな状況に陥っていた。なんでどうして家に帰れないの!? 呆然とすることしか出来ない あたしに、本はだんだん流暢な言語を話し出す。

「iikagenに わkaったdaroう aけro あけro あーけーろ あーけーろ!」
「コールうっさい!」

 ああもう開ければいいんでしょ?! と半ば自棄になって本を開けるべく近づく。……あの、リアルに眩しくて、開けるの難しいんですが。表紙だけ開けたら 「ちがう に百ななページ」と言われた。ページも関係あるのか! そして流暢になってきてる割に聴きづらく感じるのは何故。ほぼ白い視界に目が乾くのを感 じながらどうにか207ページを開く。よっしあたし頑張った! と自画自賛する間もなく、そこから光が消えてきて、代わりに。

「おう、久しぶりのしーおーつーはうめえなあ!」

 そんなことをのたまう生命体が、あらわれた。すげー驚いた。だってそれ、凄い美形の男だったのだ。ちょっと長めの髪を後ろで縛っていて、なんか服装は ゲームとかでよく見るような現実性と実用性に欠けるような服で、パッと見七頭身以上で、それなのに身長がB5サイズのノートの縦の長さぐらいだったのだ。 リカちゃん人形サイズかもしれん。ついでに本の真上に浮遊していた。しかし浮いてることより七頭身、いや細かく数えると八頭身ぐらいで美形だということに驚いてしまうのがこのあたし。しか もしーおーつーって二酸化炭素ですか。
 呆気にとられて口をポカンとあける、という二大間抜け要素を満たしてしまっているあたしを見て、それはへえと呟いた。心なしか笑っているようにみえる。心なしか嗤っているようにもみえるのはあたしが自虐的だからだろうか。

「オネーサン、名前は?」
「は?」
「だから名前。ねーむ」
「名を尋ねるときは自分から言うものだと思うけど」

 思わずそう口走ったがさてこんな人(?)に常識は通用するのか。そんな杞憂は必要なかった。それは嫌な顔ひとつせず、むしろにこっと笑顔で名乗ったから。

「そっか、俺はシルフィード」
「しるふぃーど、って」

 風の精霊の名前じゃなかったっけ。そうは見えない。二酸化炭素を好む風の妖精なんて聞いたことがない。で、お前は? と馴れ馴れしく言われたのでしぶしぶ答える。

「――狩生、明里弥」
「かりゅう ありや、か」

 鸚鵡返しのように口にして、そうしてそれ、自称シルフィードは悩むようなポーズをとる。美少年が悩む姿。ブラボー。惜しむらくは三十センチ定規で身体測定が出来るサイズであることだ。大きくても本からの住人は遠慮願いたいが。
 しばらくして自称シルフィード氏はあたしの目の前まで浮いてきた。交通人が一人もいないのはなんでだろう珍しいなあ、とぼんやり考えていたあたしは、目を輝かせた奴の言葉に思わず頭を抱えることになる。

「喜べありや、お前は世界を救う魔法使いとして選ばれた!」




変身魔女っ子ルラルラルー





 わーわー喚く自称シルフィードを無理やり鞄に突っ込んで、あたしは猛ダッシュで道を走った。メロスに勝てるぐらいの勢いで走った。勿論向かう先は家の自 分の部屋、ろくに「ただいま」も言わずに部屋の中へ直行。おかあさんごめんなさい挨拶に構ってる暇なんぞないんだい、と思ったけれど考えてみれば母さんは 仕事に出かけているのだった。改めてシルフィードを、あとあの変な本を、恐る恐る、出す。

「……あんた何」
「だから俺はシルフィード。いわゆるヨーセイってやつ。得意呪文は風、苦手呪文は地」
「あ、やっぱ風タイプなんだ……ってポケットサイズモンスターじゃないんだから!」
「ありや、さっきも言ったがお前は魔法使いになることに選ばれた! こんぐらちゅれーしょん!」
「喜べませんクーリングオフします」
「残念、期間は3分間のみ」

 それ詐欺に等しいじゃないか!
 そう反論する前に、奴はどこからか懐かしいものを出してきた。これって、

「たまごっち?」
「違う、へんしんするのに欠かせないお役立ちグッズだ」

 言われても、それは卵から生まれた生き物を育てるゲームにしか見えない。そんなことよりちょっと待て、いま肝心な単語がひらがなだったように思えるんですが。

「何に欠かせないって?」
「変身」

 やっぱりそれか。セーラーなムーンとかキューティーなハニーとか思い出しますな、ははは懐かしい。
 乾いた笑いを浮かべたあと、咳払いをして。

「で、そのたまごっちがなんのグッズだって?」
「現実逃避しても無駄だありや、お前は変身して悪と闘う運命にある!」

 どんな運命だ。どう頑張って否定してもそのグッズはあたしがメタモルフォーゼするための道具でそうしてあたしが悪と闘うことが義務付けられているらし い。誰が決めたんだそんなの。責任者呼んで来い、訴えて勝ってやる。相変わらず目をキラキラ輝かせているシルフィードはあたしに無理やりたまごっちを握ら せた。笑顔で「やってみろ」と促す。

「お前あたしがいくつだと思ってるんだ」
「大体16、7だろ?」
「変身なんて阿呆らしいことできるか!」
「だいじょうぶ、呪文らしいこと言ってそれ持って八の字に回せば出来るから」

 意思の疎通が出来ない。ガクッとわけわからん生き物に脱力すると同時にちょっとした興味も出てきた。本当に出来るのかどうか。家にはあたし達以外は誰も 居ない。試すだけだ、実際出来なかったら断る口実になるから試すだけだ、と自分に言い聞かせてやっ てみた。とりあえずオーソドックスに。

「へ、へーんしん」

 我ながら、あからさますぎるほどの棒読みでものすごくぎこちない動きだと思う。にも関わらず、気がつくとあたしは違う服を着ていた。半そで、ピンク色の襟、薄紫のリボン、紅色のミニスカート、その短さをカバーするように長い黒ニーハイ、漆黒の革靴。っておいおいこれ、

セーラー服かよ!

 しかもギャルゲーのキャラが着てそうなデザインかよ! お世辞だろうか、シルフィードが「似合うにあう」と言ってくれたが似合ったところで嬉しくもなん ともない。ちょ、本当に責任者呼んで来い、訴えて勝って慰謝料もらってやる。いつの間にか手に握っていた杖も可愛らしいピンクが基調で、おそらく後ろ側と されるであろう片方の先端には先ほどのたまごっちがついていた。変なデザインだなあ。すいー、とシルフィードがやってきて、そのたまごっちに触れる。

「このボタンで変身解除な」
「中途半端にリアルだなおい」

 ぽちっとな、と押されると、一気に桃色制服から普段着に戻って安心した。ほ、ほんとうに変身するとはおもわなんだ……つまり本当にあたしは悪を倒すべく 変身して魔法を使わなければならないのか? この忙しい時期に。口にしていたらしいあたしの不満を、シルフィードはしっかり耳にしたようだ。上目遣いに涙 目でこちらを見てきた。うわっ君の容姿でそれは犯罪だよ捕まるよ変態に! いやあたしは決して変態ではないから安心してくださいなんだけど。

「やっぱり、駄目、か……?」
「……ぅ」
「そうだよな、無理やりやらせる権利は俺にはない、嫌なら嫌と言ってくれ。
――残念だ、ただでやらせるのは悪いから第一志望の大学合格を約束するという交換条件で頼むつもりだったのに」
「是非やらせてください」

 土下座する勢いで言うと、にっこり笑顔で笑われる。心なしかまたもや嗤われているように見えるのだけれど気のせいということにしておこう。

「じゃあ今日はまず変身ポーズと呪文を考えよう!」
「え、いいじゃんさっきので」
「独創性ある方がぜったい楽しいって!」

 誰が、とは言わなかった。あたしの心は諦めで彩られていて、もういいやと全てを投げ出す方向に向いていた。相変わらず目の前の妖精さんは嬉しそうに笑っ ていて、本は相変わらずそこにあって、どうしてかあたしは全てを許容していた。これも定められた運命なのかもしれない。


そんなわけで本気出して考えてみたよ

「太陽にかわってお仕置きよ☆」
「何様のつもりだありや」
「だって月だとパクリになるしー」
「ていうかそれ決め台詞じゃないか」
「あーそっか(でもなんで知って……?)じゃあ、サンクリスタルパワーメイクアップ!」
「微妙……」

「はにーフラッシュ!」
「それも決め台詞だって」

「あーあこがれのー魔法少女にーなりたいなーならなくちゃー絶対なってーやるー!」
「もうなってるし、歌長いし。」

「イノセンス快方!」
「字が違う!」

「新世界の神様になる」
「なんか悪役っぽいから却下。」

「リ・ボーn」
「もういい」



「もう、わがままなんだからー。じゃあ『挽回!』じゃない、『卍・解!』にする? だったら私あのキャラ風にやりたいなーこういう風に。ばん・か」
「明里弥ちょっと――…… 何をしてるの、あなた」

 みみみ見られたー!! いつ帰ってきたんだお母さん、あからさまにドン引きしないでお母さん!! つーかいつもノックぐらいしろっていってるだろう?! お母さんから視覚に立ち(浮き)ながら、シルフィードがこっそり溜息ついた。つきたいのはこっちの方だ。

 とにかく、こうしてあたしは魔法使いと言う名の魔女っ子生活が始まったのです。


一/オリジナリティ溢れる魔法の呪文&ポーズを鏡の前で考案。
母に見つかり緊急家族会議に発展する。






 衝撃的過ぎる出会いがあった春休みは終わった。桜咲く四月、変わらぬ担任に変わった時間割、その他色々な変化にはまだなれない頃。あたしはシルフィード(愛称はシルフ。長く呼びにくいので勝手に決めた)を掌に乗せながら、自分の部屋のベッドの上に座っていた。

「……ねーシルフ」
「んー?」

 対する彼はもぎゅもぎゅとクッキーのかけらを食べている。ありがたいことに彼は食べ物を必要としていない。酷い言い方をすれば、餌代がかからなくて楽。 ただ食べることも出来るらしく、今の彼は嗜好品を口にしている、といったところ。ちなみに風呂は誰かの目玉の父さんっぽく湯飲みでやっている。あたしが風 呂に入る前にこっそりお湯を汲んできてあたしが風呂から出た頃にはすでにシルフも出ている、という生活。洋服はリカちゃん人形の彼氏の服で我慢してもらっ ている。サイズが結構ぴったりで驚いた。それにしてもこの歳で買うの恥ずかしかった。昔持っていたものはすでに処分されていたから。

「敵って、誰?」

 いままで闘ってないんですけど、と呟く。闘わないことに越したことはないがそれにしても敵、つまり『悪』が何かぐらい知らないと相手を目前にしても気づ かず素通りしてしまうかもしれない。いちおう、大学合格を約束してもらっている身としては最低限の義務を行わねばなるまい、と思っているので、その可能性 を危惧しているのだが。

「ああ、じゃあ会いに行く?」
「え?」
「魔法の練習もしなきゃ駄目だしなー。この時間だし多分会えるぜ」

 ただいまの時間、10時半すぎ。その時間に出かけるのはどうかと思うが、この時間でしか出会えないのなら行くべきだろう。当然のように窓から出る。一軒 家万歳。靴を取りに行く途中で親に見つかったら説明が面倒なので最初から変身して行くことにした。自動的に革靴はいてるし。靴のことがあってもこの状態で 道を歩くなんて恥ずかしくて御免被りたいのだがシルフがやたら変身を勧めることも理由のひとつではある。相変わらずギャルゲーのようだ。自分が絶対領域を 確保するなんて思いも寄らなかった。ちなみに変身ポーズと魔法は最初にやったオーソドックス版に決定している。親に見つかってまで考案したものはやりたい とは思えないので。
 『実力UP!魔法演習』と杖を手にして、シルフに導かれるままに人通りの少ない道を歩く。人が少ないというのはそれだけで安心と恐怖を与えるものだ。純粋に暗い中での道は恐い。けれど知り合いにこの姿を見られたらもっと恐い。
 いろいろ思考をめぐらせていたら、後ろに気配を感じて思わず振り返った。知り合いじゃありませんように! 咄嗟に強く願った甲斐あってか見知らぬおじさ んだった。でも見知らぬおじさんに見られるのも結構恥ずかしいものがある。おじさんお願いだから誰にも話さないでね。普通こんな人を見たら引いて別の道に 行こうとするか少しでも離れようとするだろうがおじさんは平然とこっちに向かってきていた。勇気あるな……! ぼそっと近くで、シルフィードが何か小声で 言う。

「え、何?」
「ありや、敵居た」

 敵って、あの勇気あるおっさんが?! 唐突過ぎる登場と予想外すぎる相手に驚き戸惑っている間に、おじさんは近くまでやってきていた。そして近くなった からこそだろうけど気がついた。おじさんの雰囲気が、へん。結構知ってる感覚、おじさんの表情、様子。既視感、デジャヴ。浮かんだイメージ、満員電車の中。多分あたしはものすごい顔をして いたであろう。思わずふよふよ浮いてるシルフに尋ねた、っつーか糾弾した。

「敵って痴漢かよ!」
「だから言っただろ、悪と闘う運命にある、って」

 言われたけれどもっとスケールの大きいものだと信じていたよ。しょぼい相手にちょっとやる気がマイナス。けれど勇者はまず弱い敵と戦う、と言うのはお約 束だ。魔法使いだってそうなんだろう。レベルが低いうちから魔王と闘ったって無駄死にするのがオチだ。焦って『実力UP!魔法演習』を適当にあける。そう だ魔法、魔法を使う練習台として使ってしまえ不如帰、そんな気持ちで開いたのだけれど熟読する前に素っ頓狂な声をあげてしまった。

「全部英語なんですけど!」
「どの国の人がなってもいいようにしてあるからな」
「名前かかれると死んじゃうノートかよ?! その割にあんた日本語喋ってるじゃん」
「俺は何語も話してはいない、聞いてる側が理解できる仕組みになってるだけだ」

 そりゃハイテクですなあ、できればその仕組みを本にも生かして欲しかった。自慢じゃないが成績は良くない。英語は読めるが長い文章は読解に時間がかか る。そして説明付なのかどのページもやたら文章が長かった。家でチラとでも見ておけばよかった! 先にたたない後悔をしているあたしのすぐ近くにおじさんは既に来ていて、突然腕を掴んできた。ぎゃあ、せ、積極的過ぎますよあんた!!
 息遣いが荒い顔が赤い酒臭い、つまり酔った勢いですかコノヤロー。恐怖より先に怒りが出てきて、考えるより先に行動が出るのがあたしの悪い癖だ。

「ッ、キモいんだよてめえ!」

 利用できるものはとことん利用しろ、の原理だと主張したい。あと正当防衛も主張したい。どきっ英語だらけの魔術書をおじさんの顔に投げつけた。鼻辺りに 本の角が来るよう狙って。辞書並みの厚さがあるその本は見事おじさんの鼻面に当たる。驚いたからか痛かったからか、おじさんが手の力を緩めた。これを樹に 振り払り、その勢いで一発殴る。げっグーでやってしまった、痛まなければいいんだけど。あたしの手が。
 倒れるかな、と思ったけど意外にも顔を抑えてちょっとふらついただけだった。突然襲われそうになった身としてはその程度というのは腹が立つ。だって鼻血 すら出てないんだもの。カッチーンときてしまったあたしはそのままおっさんの出てる腹を蹴飛ばした。いわゆるミドルキックというやつ。ようやくぶっ倒れた その様に、ようやくイラつきはおさまって、ふうと一息ついた。狩生さん満足しました。
 落とした本を拾っていたら、視界の端におっさんがケータイで電話している姿が見えた。……げっ110! 番号に気づいた瞬間、思わずおじさんのケータイ 踏んで逃げ出しました。ケーサツは困る。向こうに非があるとは思うけれど先に手を出したのはあたしだ。この姿で補導されるのは困る。しかもこの姿をケーサ ツに事細かに言われても困る! 運がよければただの狂言としか見てくれないだろうけど運が悪かったら……想像したくもない!

 ダッシュで家に帰って開けっ放しの窓から戻る。変身解除スイッチを押して元に戻って、一息ついたあたしをみて、シルフは少々こわばった顔で話しかけてきた。

「……なあ、ありや」
「なに?」
「お前、魔法使いというより戦士向きかもしれねえな」
「黙れ」


二/未知なる敵と遭遇。今だ必殺『鼻を狙った顔面パンチ&体制を崩した所へ強烈ミドルキックあたっく』!
敵が泣きながら警察へ電話をかけたので携帯を踏み潰して華麗に退散。






 とりあえずチマチマ魔術書を読み込んでいる。とりあえず最初の3ページは読み終えた。自分の攻撃力を上げる魔法と防御力を上げる魔法と眩しい光を放つ魔法を覚えた。今のところ攻撃手段は素手のみだ。本当に魔法使い用の本なんだろうか。
 痴漢撃退事件から早数週間、その間に万引き直後の中学生以外は全然敵と闘っていない。その万引き中学生は鉄拳制裁でどうにか勝って商品を返しに行かせ た。さすがについていけなかったけど(服装が服装だから)、遠目からみる限りちゃんと返していた。うむ、前途ある若者がそういうことしちゃいかんのだよ。しかも別に商品が欲し くてやってるわけでもなんでもないんだから尚更スリルだけ求めてエロ本を盗むなんてやっちゃ駄目だ。

 それにしても眠いなあ。春眠暁をなんとか、とはいうけれど、それにしてもこの眠さはなんだろう。魔術書を読むのを放棄したがっているせいかもしれない。まじねむいかったるい。そしてそういうときに限って、シルフが「敵が来た!」とか言ってくるのである。勘弁してくれ。

「えーやだねむい」
「眠い、じゃない! ほら行くぞ!」
「あたしまず自分の平和を確保したいの」
「そのために悪を排除するんだってば!」
「世の中必要悪ってのは必要だと思うんだー」
「ありやは十分悪だからありやがいれば大丈夫だ、ほら変身!」

 すごく失礼なことを言われたが「じゃないと大学合格の約束取り消すぞ」と言われてしまっては従わざるを得ないのである。しぶしぶメタモルフォーゼして導かれるままに道を行く。
 悪い子はいねがー。出来ればいるなー。祈る気持ちに似た心境になりながら歩くあたしの目の前には、亀をいじめている小学生達がいた。あたしは浦島太郎か。とりあえず3つしかない魔法のうちの一個を使うことにしよう。

「食らえフラッシュ!」

 まばゆいひかりがあたりをてらす。うわー、といいながらガキたちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。ふっ、ちょろいな。あれあたし本当に必要悪的存 在かもしれない。いじめられていた亀を拾ってみたが喋りだすようなことはなかった。うわ、結構弱ってる。そういえば近くに川あったよなー。でもこの亀明ら かにペット用の奴だよねそういうの捨てちゃいけないのよね……でもうちに亀を飼う余裕はないぞ。飼い方知らないし。こんな人間(=あたし)に飼われるより も自然に帰したほうが亀は喜ぶよね。きっと大丈夫ザリガニと違って亀なら自然に影響はでないと信じてる! ようやく決意して川に歩くべく方向転換したあた しは、思わず固まってしまった。

「――やっぱり、狩生さんだ」

 そこにいたのは、同じクラスの、森嶋くんだった。


 森嶋京一。同じクラスで、実は女子にそれなりに人気がある、ちょっと優男的な男子生徒。フェミニストっぽくて確かに女の子には優しい、そして見目悪くな いから人気があるのもわかるのだけれど。とにかくそんな森嶋くんに見られた。見られた見られた見られた! どどどどうしよう亀に構ってる場合じゃないよも う一度フラッシュして目をくらました隙に逃げるべきか?! ああでも今名前呼ばれたよごまかしづらいよ明日学校で聞かれたらどうすればいいんだよ! 「は あ? 白昼夢でも見てたんじゃない?」と返すにはちょっと間が開きすぎてるよこの沈黙の間が! これはあれか攻撃力増強魔法をかけた後に一発殴って記憶喪 失に陥らせるべきか? ああでも確実性に欠けるよなあどうしよう……って、近づいてくるなよ困るよ! 反射的に近づかれた分後ずさる。一定の距離を保ちな がら、何故かあたしたちは会話をしていた。なんでやねん。まじわけわからん。

「可愛い服着てるね」
「はあ」
「普段の制服よりこっちの方が似合うかも」
「はあ」
「ところで亀、どうするの?」
「あ!」

 最後の一言はあたしじゃないぞ。隣に浮いてる元凶妖精さんが意外そうに叫んで、森嶋くんの隣にふいーと移動する。あっやべえシルフのこと忘れてた! 森嶋くん目で追ってるし……! あれ、でもそんなに驚いてない、なあ。なんで……?
 シルフはあたしの戸惑いを無視して、森嶋くんの後ろを覗き込むように見た。そして一言。

「久しぶりだなウンディーネ!」

 ……だれ? 確かウンディーネって水の妖精じゃなかったっけ。ぼけっと見ていたら、森嶋くんの背後から、シルフと同じくらいの大きさの、シルフに負けないぐらい美人な子が出てきた。うわぁ金髪碧眼! 気が弱そうな女の子が、そっと、シルフに笑いかける。

「お久しぶりです、シルフィード。元気にしていましたか?」
「まあな。そっちはどうよ」
「とても。けいいち様がよくしてくださっていますから」

 この会話を聞いても尚わからないほど、頭の回転は悪くない。思わず焦点を彼女から森嶋くんにうつす。森嶋くんは微笑をたたえたままだった。森嶋くん、お まえもか。おまえも、この変な運命とやらに巻き込まれたのか。何を拾って巻き込まれたのか気になるところだ。服装を見る限り普通の格好だから魔法使いじゃ ないのかもしれない。なんか不公平のような気がする。

「狩生さんもだったんだね。知らなかった」
「……あたしも、森嶋くんもだなんて知らなかったよ」
「これから仲間同士、頑張ろうね」

 マジか。森嶋くんは頑張るつもりなのか。感動するべきなのか呆れるべきなのかわからない。多分後者だろう。だってあたし達は忙しい高校三年生、悪を倒す ためとか言う前に自分のことにかかりっきりになるべき時期なのだ。就職活動か受験勉強かは人によって違うとしても。どれだけ人がいいんだ森嶋くん。それと も莫迦なのか?
 立ち尽くしてしまっているあたしに、森嶋くんは手を差し伸べた。不思議に思う前に言葉がやってくる。「亀、放すんだったら飼ってもいい?」あー、そういうことならどうぞどうぞ。普通に納得して手渡す。亀がにゅーんと首を出した。お前はそっちの方が幸せになれるさ。

「それにしても狩生さん優しいね。あの程度で済ますんだもの」
「まあ、相手は小学生だったし」

 おじさん相手にあれ以上を平然とやりましたし、とは言わなかった。ていうか言えるか。だがそんなあたしでも、すぐ後の台詞と彼の表情に、心底驚き心底恐怖を覚えた。

「――僕だったら、ガキ相手でも容赦しないのに」

 暗い笑顔。学校では見ることが出来ない、新たな一面。丁度妖精たちの会話も終えたらしく、シルフがあたしのほうに帰ってきた。どうしたありや顔色悪い ぞ、そんなに眠いのか。余程あたしの顔色が真っ青だったらしく、そんな言葉をかけてくれる。眠気なんてとうの昔にぶっとんだっつの。
 じゃあね、と、森嶋くんは、さっきのことがなかったかのように笑って去って行った。ウンディーネさんはぺこりと一礼して帰っていった。あたしはしばらく 動けない。だって帰る方向一緒だし。このまま歩いていったら気まずすぎてあたし耐え切れない。シルフィードがやたら「大丈夫かありや」を連呼するので、そ の場しのぎの会話を行うことにした。

「シルフ」
「何だ?」
「森嶋くんって何になったのかな」
「ああ、呪術師らしいぜ。あの見た目で呪術師はちょっと意外だよなー」

 じゅじゅつし。それって魔法使いとどう違うんだ。

「魔法使いは魔法を主に使って戦う。対して、呪術師は主にまじない…のろいを主に行って、悪を倒すんだ」

 ものすごく納得してしまったあたしに、非はない、はず。
 (もしかしたら、本当にあたしたちは必要悪かもしれない、なんて)


三/世界の平和とかは偉い人に任せて自分の平和を護り抜く。それが今年の目標です。
四/変身シーンをアイツに見られちゃった…☆どうしよう!! 1 証拠隠滅 2 記憶操作 3 仲間確保






 例の如く、と言う感じである。
 夏休みのとある日、ついさっきまで向日葵の種を得たハムスター太郎のようにチョコ柿ピーを貪っていたシルフが「ありや敵だ!」と唐突に叫んでから早10 分。あのギャルゲーピンク衣装(でも某持っていってほしいセーラー服アニメの制服もピンクだったなあ)に変身し、Bダッシュで駆けつけたあたしが見たもの は、やっぱりというか何と言うか、微妙な感じの敵? だった。

 まず視界に入るのは青いランドセル。ランドセルなんぞ二食で充分じゃん世代としてはすげー違和感がある色のそれを背負っているのはまだあどけない男の子 だった。二年生ぐらいかな、小学校低学年の男の子。そんな彼に迫る魔のて、っつーか変な手。少年の前に居る、敵と思われる人間は、息荒く体型はちょっと太 めの、20歳後半から30歳前半ぐらいの兄ちゃんだった。しかもものすごいいやらしそうにニヤニヤ笑ってる。……えっそっち系のショタコン……?
 ある意味珍しいこと極まりないものを生で見てしまって一瞬唖然としてしまったが、ええい少年が毒牙にかかる前に助けねばっ! 例えいまだに魔法が5種類 しかなくても、増えた魔法は回復魔法(ケアルとかホイミレベルのちゃっちい奴)とすばやさを上げる魔法だけでいまだ攻撃手段がパンチキック杖で撲殺天使殴 る本投げつけるしかなくても……! あれあたし実は白魔法タイプ? ボス戦用パーティーに一人は欲しいけど二人目以降はレベル上げんの面倒だしいらねえ よって放置されるタイプ? ええー魔女っ子ってフツーばんばん火の玉とか出しちゃって自然破壊しかけたりもするけど可愛いから許せちゃう的なキャラ位置 じゃあ……あたしが可愛くないからか! 切なくも納得してしまって、世の中色々酷すぎる、などとしょーもないことを考えている間に変態お兄さんの手がいたいけボーイの肩に触れようとしているではないか!

「ちょっと待ったぁあああ!!」

 逆転する裁判かよ、と隣で呟くシルフ。異議を出せるほどの証拠品は持ってないぞ。

「そこの野郎、青少年保護育成条例に反するようなことはやめなさい!」

 ん? 小学生って青少年の範囲に入るのか? まあいいや。
 あたしの中断に、相手はすっげーボケッと口を大きく開けてフリーズしていた。小学生も若干引き気味だった。そりゃそうか、ロッドと魔術書とセーラー服 (カラーリング:ピンク)女子高生がセットでやってきたら誰だってビビルよねアハハハハ。……自分がそんな存在になってしまったことに軽く凹む。ちくしょう、あたしの八つ当たりも含めて、悪を成敗してやる! 覚悟しろ!!



あ り や
HP 27
MP 35
ふ つ う





あやしいにいちゃん が あらわれた!

あやしいにいちゃん は ボケッ と している
ありや は どうぐ「実力UP!魔法演習」 を なげつけた!
しかし かわされてしまった!

あやしいにいちゃん は かちほこったように ニヤニヤ している
ありや は まほう「フラッシュ」 を つかった!
あやしいにいちゃん の めいちゅうりつ が さがった!

あやしいにいちゃん は あまりのまぶしさ に めを とじている
ありや の とくしゅわざ「ミドルキック」!
あやしいにいちゃん に 25 の ダメージ!

あやしいにいちゃん 「うぐっ! ……はぁはぁ、イイ……!!
ありや は さむけ に おそわれた!
ありや 「やべえこいつ本物のマゾだ……!!

あやしいにいちゃん は いたみに よいしれている
ありや の とくしゅわざ「脳天直撃かかとおとし」!
かいしんのいちげき!
あやしいにいちゃん は 気絶した!

※アイコン提供:かずまんのノート

 か、勝ったぁー! なんか少々すっきりしない感じの仁義なき戦いだったけど、全く経験値が溜まった気がしないけど、でも勝った! 気がついたら小学生は 逃げててお姉さん少し切なくなったけど、うんまあそれが賢いよ少年。そうして世渡り上手になっていくがいい。だが少年よ、通報はするな。

 そんなふうに少年の未来(5分後も含める)を考えていたら、突然、そう突然だった。
 隣の妖精さんが発光しだしたのは。

「ど、どうしたシルフ?」

 おまえ発光体だったのか?! 色々驚愕していたあたしは、何故か勝手に変身が解かれていたことにも気づかなかった。
 ただ、あたしの顔を見たシルフが、とても嬉しそうで。

「おめでとうありや、ノルマ達成だ」
「ノルマ、って……」
「敵を5体倒しただろう?」

 ノルマ少ねえなあおい! 完全に呆気にとられているあたしに向かって、シルフはやはり嬉しそうに笑った。
 (でもどうしてだろう、あたしの目には少し寂しそうにも、少し悲しそうにも見えた、だなんて)

「これでさよならだ、ありや」
「……え?」
「ノルマを達成したから、これ以上魔法使いを続ける必要は無い。だから、今までありが……」
「ちょ、突然何、どうして勝手に決め付けるの?!」

 それって、続ける必要は無いだけで、別に続けてもいいわけなんでしょう?
 そうしたらシルフと離れることなく、また楽しく過ごせるわけでしょう?
 だったら、だったら、あたしは、

「つづけたいよ、やめたくない……!」
「ありや、どうして……あんなに嫌がってたじゃないか」

 だって、それは。

「――もの
「え?」
「だって、変身するの超気持ちいいんだもの……!!

 なんつーの、恍惚? 統帥? なんかこう、言葉で説明しづらいんだけど、うっはあとかなっちゃうような感じなのよね! これ森嶋くんもこんな風になるのかなあ。とにかくマジ楽しい気持ちいいの一石二鳥なんだよね! もう本当魔女っ子サイコー!!






って、んなわけあるかぁあああ!!







 夏休みのとある日、気がついたらあたしはベッドの中にいた。
 ――あーもう言うよ、逃げずに言うよ、目が醒めたらって言い直すよちくしょう。最悪の悪夢でしたよ。なんだよこの夢。意味がわからない。なんで途中ゲー ムっぽくなるんだよ、大学合格についてノータッチかよ、うっはあなんて感じたこともねえよ……!! 嫌な夢だった、本当嫌な夢だった、でも夢でよかった!
 すごいテンパってるからかどうかわかんないけど、全て夢オチかと思って何気なく部屋を見渡したら、すぐ横でシルフがチョコ柿ピーの袋を抱き枕にして寝ていた。溶けるぞ、夏だし。


 カーテンを閉じ忘れた所為で、入道雲がはっきりと見える。よりによって入道雲。
 これからも、前途多難な魔法使い生活は続くらしい。






な妖精と共に


をもって必死に


法を使わずに


の敵を倒してく


ぽいかんじの


供の味方でもある乙女







五/日常生活に戻りたくても戻れない。
変身が快感になってきちゃったこの身体が憎い!!



この素敵すぎるセンス溢れたお題は207β様からお借りしました。多謝です!


(いやもう本当に私頑張ったよ色々とあはははははまじでごめん)(20070811)
モク 拝