最初は、ただの暇つぶしというだけだったのに。


同じ機械音のはずなのにどこか控えめに感じられるブザーは、扉の向こうの人物が誰かをよく教えてくれている。どうぞ、と声をかけると滑らかにドアはスライ ドされ、そこにいたのは予想通りの人物で彼は内心嫌気が指していた。手にしているものを見れば何故わざわざ来たのかわかるというものだが、あいにく今の彼 はそれに構ってやる気分ではない。立ち上がりもせずにベッドの上に寝転んだまま、来訪者を一瞥する。


「ア……ハレルヤ、兄さん?」
「……よくわかったな」


珍しいじゃねえか、と嘲りを含んだ笑みを浮かべたハレルヤに、はたじろぐように一歩下がる。わざと扉の鍵を遠隔操作で閉めてやれば、白々しいまでに びくりとの肩が跳ねた。何とはなしに起き上がり改めて腰掛けるハレルヤに、ぎゅっと目的のものを抱くように握り締めては声を絞り出す。


「……アレルヤ兄さんは、そんな風に、にらみません、から」
「へえ、そう」


随分と信頼されてるじゃねえか、と今は意識が落ちている彼に呟いた。酷く不機嫌極まりない。別に奴が信頼されているからではなく、の見分け方が甘いからではなく。敢えてそこは深く考えず、ただただ彼女の見分け方の詰めの甘さを嗤うことにする。


「つまりお前、俺があいつの真似したらわかんねえってことか」
「それは……」
「今度試してやろうか?」


何も答えないに、軽く舌打ち。つまらない。たまに生意気に反抗すると思ったらこれだ。さっさと追い払うことにしようと扉の鍵を開ける。


「それ見せるんだったらもっと後にするんだな。出てけよ」


それ、というのはパズル。先刻刹那とともに作っていると言っていたあれだろう。優しい蒼基調の絵が大事そうに抱えられている。約束通り、完成したので持っ てきたのだろうが、生憎彼はその約束を守るつもりなど毛頭ない。第一自分と行われた約束ではないのだから、破ったところで罪悪感など感じるはずもない。

構 わないさ、俺とあいつで比べられて俺が負けても。腹が立つのは、比べられる以前に区別がつかないということ。俺とあいつ、というカテゴリーすらなくなりひ とつになってしまうということ。それは人格否定に等しい。特に精神しか存在しない彼にとっては、存在すべてが否定され、要らないのだといわれていることと 同じ。そのことにすら気づかずにただ恐れ怯える彼女が憎らしく、疎ましい。

ハレルヤは再度壁を向いて寝転がった。だが消えない。どれだけ経っても、がそこから動こうとしない。


「――聞こえなかったのか。出ていけ」
「ハレルヤ兄さん」
「お前の兄貴はあいつだけだろ」


それは事実だ、とハレルヤは思う。が慕う兄はアレルヤであって決して自分ではない。自分であってほしいとも思わない。緩やかに金の瞳を閉じる。
どうでもいいから早く出て行け、俺のそばに近づくな――


「っ、じゃあどうして、ハレルヤ兄さんは私を拾ってくれたんですか?」


彼の思いむなしくの言葉はプトレマイオスの居住スペースの一室であるこの部屋という狭い空間の空気を通り彼の耳と脳という彼の中に直接働きかけ結果 彼は閉じていた瞳を反射的に開けそれだけでなく少し息を呑んでしまった。起き上がって振り向いた先のは今にでも泣きそうな顔をしていて、例え言葉で なぶられても泣きはしなかった彼女の初めて見る表情にハレルヤは少々戸惑いを感じえなかった。数秒言葉が出なかったのは我ながら失敗だ、と彼自身思う。


「……何言ってんだ、おまえ。それはあいつだろ」
「違います」


はっきりと断言するの瞳は、泣きそうでありながら力強くて。見つめ返せずに目を伏せた彼とは対照的に、彼女は兄を見つめて言の葉をつむぐ。


「あの時の兄さんは、ハレルヤ兄さんでした」
「ハッ、何を根拠に」
「手を差し伸べてくれたのは、ハレルヤ兄さんでした!」


『お前、来るか?』


自分でも覚えている。泣くこともせず喚くこともせず、無理に笑うこともせず怒ることもせず、何も映さない、死んでしまう方がましだと思わせるほど無表情で 虚空に焦点を合わせていた少女。周囲にいた人間は泣き喚き怒り無理に笑っていたにもかかわらず、少女だけ世界が違うようにがらんどうだった。興味を引いた のはその一点。そう、興味本位だった。暇つぶしと称する、あいつを困らせるための行動だった。

そ れ だ け だ っ た の に


「……五月蝿え」
「何も考えることすら出来なくなってた私を見つけてくれたのは」
「五月蝿え」
「差し伸べられた手にどうにか触れられた私の手を掴みなおしてくれたのは」
「五月蝿え」
「自力で立ち上がれなかった私を引っ張ってくれたのは」
「五月蝿えっつってんだろ!!」


身構えさせる間もなく、扉の横の壁にをたたきつけた。否、の首をつぶすように押し付けた。センサーに反応したのか、扉が数秒開かれるが、出るものも入るものもいない現状況を理解したのか、すぐさま閉じられる。
「ぁ、はぁっ……」とか細く苦しげな声を出すの腕から、バラバラと崩れ落ちたピースがばら撒かれる。それを踏み潰したハレルヤは、何故か一筋の汗を頬に感じながら、手にこめる力を強くした。


「いちいち五月蝿えんだよ、お前」
「……ぅあ、は、にい、さ……」
「黙れ」


つうと、の瞳から液体が流れ出る。頬を伝い顎を伝い首筋を伝いハレルヤの手にまで辿り着いた涙は、生ぬるい感触のまま床に落ちていく。ちくしょう、と誰にともなく呟いて、ハレルヤは奥歯を噛み締めた。













(   さ い ご に よ ん だ の は ど ち ら の つ も り な ん だ   )
タイトルは207β様「抜き取り式お題06」からお借りしました。多謝です。



(ついうっかりシリーズ化しそうな勢い ノリって恐ろしいですね!
ていうかこれ普通にハレルヤいい人すぎですね ツンが異常にでかいツンデレですね(何)
ていうか二人はころころ入れ替われるのかな 捏造設定はまだ6話までしかない今のうち!今のうち!
我ながら後半ハレルヤが強姦してるようにしか思えなかったとかそんなまさか
それにしてもハレルヤは敢えて固有名詞を口にしていませんが、途中でふと
「おまえ」呼びの方が親しく扱ってることになるのよ的なことが十二国記で書かれていたのを思い出し
うっかり「ハレルヤ…!」と自分でときめいてしまいました そんな話←←←)
(20071112)